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イチゴジャムの季節

閑話休題・・・
2008.03.19
先週、久しぶりにイチゴジャムを作りました。

3月14日はホワイトデイということもあり、そのプレゼントをどうしようかと考えていたのですが(もちろん相手は家族ですが)、よしながふみの「きのう何食べた?」でイチゴジャムを作っていたことを思い出し、久しぶりにジャムを作りたくなったのです。

で、近所のスーパーに行ったところ、小粒の「とちおとめ」が1パック298円になっていました。これは安い。もうそんな季節なんだなと思いつつ、これを2パックとグラニュ糖を買ってきました。グラニュ糖は1kg 248円。使うのは1/5くらいなので、原価は650円といったところです。

写真1


作り方は「きのう何食べた?」のやり方を参考にしました。イチゴの重さの3割くらいのグラニュ糖をイチゴにまぶし、浸透圧で水分を引き出します。レモンの絞り汁は使いません。イチゴから出る汁だけでジャムを作るのです。小粒のとちおとめはちょっと酸っぱめなので、これでちょうどいい感じになるはずです。

まずイチゴのヘタを取って、180グラムくらいのグラニュ糖をまぶします。

写真2


このまま3~4時間置いておくと、イチゴから水分が引き出され、グラニュ糖がしっとりとしてきます。

写真3


これを鍋に入れて、中火で煮ていきます。

写真4


だんだん汁気が多くなって、イチゴが白っぽくなっていきます。

写真5


その後ふたたびイチゴに色が戻ってきて、きれいなルビー色になります。全体の体積が半分くらいになった頃、「まあこんなもんか」と火を止めます。

写真6


これと並行して保存瓶を煮沸消毒して水分を切っておきます。

写真7


まだアツアツのジャムを瓶に入れて蓋をしめれば、とりあえずは完成です。

写真8


さてこれでイチゴジャムができたのですが、あまりに簡単なのでちょっとモノタリナイ。そこでもう1回作ってみることにしました。今度はグラニュ糖をイチゴにまぶしておく時間を思いっきり長くすることにします。夕方6時にまぶして、翌朝9時まで放置。約15時間です。どうなるのでしょうか。

写真9


上の写真が朝9時のようす。イチゴから出た水分で、ひたひたの状態になっています。イチゴの粒がちょっと小さく、締まった感じもします。これを火にかけていくと・・・

写真10


こんな感じのジャムができました。前回作ったものより粒がしっかりしていて、色もきれいです。けっこういい感じですね。味はちょっと酸っぱめ。パンにバターを塗ってからこれをつけて食べると、なかなかいいワインのお供になります。

第2弾のジャムを作ったのは土曜日だったのですが、4日後の今日には、ほとんどなくなってしまいました。明日もうひと瓶、同じ方法で作ってみようと思っています。

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風と平均速度

閑話休題・・・
2008.03.14
頭の体操の続きです。

前回「同じ経路を往復したとき、往きが30km/h、帰りが18km/hならば、トータルの平均速度は22.5km/h」という話をしました。説明するまでもないかもしれませんが、計算方法は以下の通りです。

片道の距離をL(km)とする。

往きにかかった時間= L ÷ 30 (L/30)
帰りにかかった時間= L ÷ 18 (L/18)
トータルの時間= L/30 + L/18
トータルの距離= 2×L (2L)

トータルの平均速度=2L ÷ ( L/30 + L/18 )
         =2L ÷ L(1/30+1/18)
         =2 ÷ (1/30+1/18)
         =2 ÷ ((18+30)/30×18))
         =2 × 30×18 / (18+30)
         =2 × 30 × 18 / 48
         =1080 / 48
         =22.5

ここでちょっとだけ、汎用性を高めてみましょう。

往きの平均速度をV1(km/h)、帰りの平均速度をV2(km/h)とすると、トータルの平均速度 V(km/h)は下の式で表現できます。

V = 2L/(L/V1+L/V2)
 = 2/(1/V1+1/V2)
 = 2×V1×V2/(V1+V2)

さてもう少し遊んでみましょう。行きと帰りの平均速度が違うのは、風が吹いていたからです。往きが追い風、帰りが向かい風です。それでは一定の風が吹いている経路を往復した場合、平均速度は風速によってどのように変化するのでしょうか。

無風状態の平均速度をV0とし、自転車の推進方向と同じベクトルの風速をUとします。まずはV1とV2を、V0とUの計算式で表現できるか試してみます。

問題を簡単にするため、以下の条件を前提とします。
(1)自転車を前進させるための駆動力を一定=Fとする。
(2)転がり抵抗や内部抵抗は無視する。
(3)往復の経路は直線とし、坂もないこととする。
(4)経路は十分に長く、ストップ&ゴーの影響は無視できる。
   つまり平均速度≒巡航速度になると仮定する。

これらの条件を前提とすれば、自転車に働く力としては、駆動力と空気抵抗だけを想定すれば良くなります。空気抵抗の力は、自転車から見た相対的な風速の関数になるはずです。(実際には横風の影響も考えるべきですが、ここでは省略します)

往きで追い風になるとすれば、自転車からみた相対的な風速は、V1-Uとなります。この風が空気抵抗として発揮する力をF1とすると、F1は以下のように表現できます。

F1=α(V1-U)

αは関数を意味します。どのような関数になるのかは、まだわかりません。本来なら風洞実験などを行って確認する必要があります。でも実は、自転車を前進させるための駆動力を一定だとすると、関数の内容がわからなくても大丈夫になります。なぜでしょうか。

まず巡航速度は、以下の条件が成り立つときの速度になります。

F1=F

F1=α(V1-U)を代入すると、次のようになります。

α(V1-U)=F

ここでαの逆関数をβとします。すると上の式は次のようになります。

V1-U=β(F)

もしU=0であれば、V1は無風状態の巡航速度に一致するはずです。つまり

β(F)=V0

となるはずです。

もしそうであれば、V1はV0とUの式で表現できます。

V1=V0+U

式からαが消えてしまいました。追い風を受けたときの巡航速度は、無風状態の巡航速度に風速を足したものになるわけです。まあ、そういわれればそういう気もするのですが。

同様にして向かい風の場合には、巡航速度 V2は以下のようになります。

V2=V0-U

さてこれで、V1とV2をV0とUで表現できることになりました。これらの式を、先ほどの「トータルの平均速度」を求める式に代入してみましょう。

V=2×V1×V2/(V1+V2)
=2×(V0+U)×(V0-U)/ (V0+U + V0-U)
=2×(V0+U)×(V0-U)/ (2×V0)
=(V0^2-U^2)/ V0
=V0 - U^2/V0

※V0^2はV0の二乗を意味しています。

ちょっと面白いな、と思ったのは、これが二次関数になっていることです。風が吹くと平均速度が落ちるな、というのは経験則でわかってはいるのですが、その影響がどのようなものなのかを定量的に計算することはあまりありません。でも状況を単純化してひとつのモデルを作ってみると、その影響がどのようなものなのかがわかります。

V0=24 km/hとすれば、VとUの関係は次のグラフのようになります。

グラフ1


無風状態の時の往復時間に対して、風速Uの時の往復時間がどれだけ増えるのかを計算すると、次のグラフになります。

グラフ2


風速が小さいうちは、あまり影響はないんです。それがある程度まで風が強くなると、その影響がドッと出てくる。よく「強風は自転車にとって大敵である」と言われるのですが、このグラフを見ると「さもありなん」と思います。

面白くありませんか? そうですか。ボクはけっこう、面白いと思うんだけどなあ。

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医療と価格統制(3)

閑話休題・・・
2008.03.05
また前回の続きです。ドクター不足は医療現場の“環境”が問題なのではないか、それでは環境をいかにして良くするのか、というところまで考えました。この中間的な結論は、それなりに正論であるような気がします。でもよく見てみると、あまり多くのことを語っているとも思えない。

問題はドクターを取り巻く環境の何が問題なのか、ということです。そこで“環境”の中に何が含まれるのかを考えてみようと思ったのですが、ここでハタと気がつきました。ここで“環境を構成する要素”を書き出したとしても、問題解決の道は見えてこないのではないか。

なぜこう考えたのでしょうか。

ドクターが働く環境の中には、給与や報酬の体系、作業場所の過ごしやすさ、忙しさ、勤務時間、最新設備があるか否か、人間関係はどうなのか等々、様々な要素があります。このうち何を重視するかは、人によって異なるはずです。「やっぱり給与がよくないと」という人もいれば、「やりがいが一番」という人もいるでしょう。「のんびり仕事がしたい」という人もいれば、「看護婦さんが美人だといいな」という人もいるかもしれません。「○○の機械(システム)を使いたいから」という人がいる可能性だってあります。「導入されている機械なんかで人が集まるものか」と思う人もいるかもしれませんが、昔のコンピュータ業界では「VAXの最新モデルが導入されているから」という理由で会社を選んだ人もいたらしいですよ。

早い話が「ドクターが集まりやすい環境をどのように作るのか」という設問に対して「たったひとつの正解」というものはない。正解はきっと多様なんです。でも何らかの仮説を立てて、正解に向かって動かなければ現状は変わらない。それではどうしたらいいのか。

私はここまで考えて「これは経営の問題ではないか」と思いました。まず経営者が理念や方針を定めて、方向性を決めていく。そして達成すべき目標をKPI(Key Performance Indicator)として設定し、その上で施策を立案する。施策を実施してKPIがどのように変化するのかをチェックして、次の施策を考え、再び実行する。このような繰り返しを行うことで、それなりの正解が見つかるのではないでしょうか。

もしそうだとすれば「価格統制」というものは問題の一端に過ぎない。しかしそれでも重要な問題である可能性が高い。なぜならこれは、経営の自由度を奪う要素になるからです。経営の自由度が少ないところに、優秀な経営者は集まらない。そもそも根本的な問題は、ドクター不足ではなく、経営者不足ではないのか。

私は医療業界の人間ではありませんが、外側から見てもかなり規制の多い業界という印象を受けます。たぶんかなり制約が厳しいのでしょう。その制約のほとんどは、厚生労働省などの官庁によって決められている。つまり医療業界の実質的な経営者は、官庁ではないかという気がするのです。病院の経営者は、実質的な経営権を与えられているという実感を持っていないのではないか。そうであれば優秀な経営者は決して集まりませんし、優秀な経営者が来ても、そのポテンシャルを発揮することはできません。ダイエー社長を辞められた樋口さんもそうだったみたいですね。

もちろん中央によってコントロールされるシステムでも、うまく機能すればいい。でもこのようなシステムは、往々にしてうまく機能しなくなる。システムが硬直的になって、変化に対応しにくくなるのです。「これは人災ではないか」と言われる災害被害や事件の背後には、支配的な組織が存在するケースが多い。このような事例は枚挙に暇がないので、ここではあえて挙げません。でもわかりますよね。

また机上のロジックで作られたシステムは、思ったように機能しないことが多い。世の中の現象の多くは、どうも理屈通りには動かないようです。考案した施策が目的を果たせるかどうかも、実際にやってみなければわからないことが多いような気がします。

ひょっとしたら「ものすごくアタマのいい人」がいて、その人が考えた施策なら、机上で考えたものでも確実に機能するのかもしれない。その可能性は完全には否定できません。でもここで問題になるのが、彼が提案した施策を採用すべきという判断を、いったい誰が下すのかということです。実際に試してみることなく施策を決める場合には、有識者の意見や関係者の話し合いが、意思決定を左右することが少なくない。そうなると声の大きい人や、多数派の意見が通りやすくなります。でも本当にそれで、目的を達成できる施策を選択できるのか。私は疑問だと思うのです。

「やってみなければわからない」要素が多い場合には、経営者の独断がどうしても必要だと思います。それも精神的にタフで、自分が間違っている可能性があるということも認められる、柔軟性を持つ経営者が必要です。仮説を立てて、試しながらどんどん修正をかけていく。ヨーカ堂の鈴木敏文さんや、ヤマト運輸元会長の小倉昌男さんの「仮説検証の経営」ですね。もしそれでもダメなら、その会社がつぶれるか、経営者が交代することになる。このような「試行錯誤を前提としたシステム」でないと、なかなかうまくいかないのではないでしょうか。

工学をかじったことのある方なら、このような「試行錯誤を前提としたシステム」がいかに有効であるか、よくご存じだと思います。例えばいまモーターとして最も広く使われているのはサーボモーターではないかと思うのですが、これは単に電気で動力を生み出すだけではなく、その動作を電気回路でフィードバックする機構を持っている。つまり実際の動きをチェックして、その結果を制御システムに戻して調整しているわけです。これによって正確な動きを実現している。フィードバックがなければ、正確な動作を行うことは困難です。

医療報酬とかベッド数とかを中央で決めてしまい、病院がそれに従うのは、フィードバックの乏しいシステムだといえます。これでは試行錯誤がうまく機能しないため、なかなか目的を達成できないのではないでしょうか。またフィードバックが働いたとしても、そのタイミングが遅くなる可能性が高い。フィードバックが遅いとより大きな変化が求められる傾向があるため、オーバーシュートしやすいという問題もあります。

こう考えていくと、病院経営の自由度を高め、試行錯誤を行いやすい環境を作ることが前提になる、という結論になりそうです。ただしここでいくつか考えなければならない問題が出てくる。

たとえば病院毎の個別の取り組みを認めるとすれば、診療内容が多様化し、医療格差が生じる可能性がある。これをどこまで認めるのか。「全国一律で所得格差の影響もない医療」を実現するという理想を実現するとすれば、いったい何によってそれを担保するのか。

これはなかなか難しい問題です。そう簡単に答えがでるようなものではなさそうだ。平等を実現しようという取り組みは、多様性を避ける傾向を持ち、結果的にダイナミズムを失いがちになるという、本質的な問題を内在している。しかし多様性がもたらすダイナミズムがなければ、変化への対応は難しくなるし、結局は袋小路に迷い込む可能性が高い。「平等の実現」というある意味高邁な理想と、ダイナミズムの最大化という方向性を、いかにして両立するのかという問題になるわけです。

他にもいろいろな問題がありそうです。ここにはまだ答えはありません。でもこのような観点で医療の問題を考えることも、意味があるのではないかと思うのです。

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医療と価格統制(2)

閑話休題・・・
2008.02.27
前回の続きです。医療における価格統制は、ドクター不足の一因になっているのか、そうではないのか。もう少し考えてみたいと思います。

価格統制とドクター不足をつなげて考えるようになったひとつのきっかけは、前回も触れたように、グリーンスパンの「波乱の時代」の記述です。この中でアメリカ政府が1970年代にガソリン価格を統制した話が出てきます。この政策を実施することでガソリンの供給が絞り込まれ、ガソリンスタンドの前に長蛇の列ができたというのです。グリーンスパンはこの例を挙げて、価格統制という政策は採用すべきではないといいます。

価格統制が供給減につながったケースは、他にもたくさんあるような気がします。例えばソビエト連邦や中華人民共和国などの社会主義国で見られた物資不足は、その典型的な例ではないでしょうか。もちろん社会主義国の場合には、価格だけではなく他にもさまざまな側面が統制されています。それでも価格の統制というのは、やはり大きな力を持っていたと思うのです。

例えば中国の場合は、1980年代から経済改革を行い、市場経済への移行を進めてきました。価格統制は徐々に緩和され、1990年代には消費財のほとんどが市場取引にゆだねられるようになったわけです。その結果、1980年以前には店頭に必要なものがほとんどなかった「不足の経済」の状況から、供給過剰の状況へと変わっていったと指摘されています。

なぜ価格統制が供給減につながるのか。まず米国のガソリン価格統制のケースでは、販売者側の「売り惜しみ」の心理が大きな要因だと思われます。この場合には価格統制が恒常的な政策ではなく「短期的なもの」だと考えられたため、価格統制が撤廃された後に販売を再開した方が儲かる、という判断になったのでしょう。非常にシンプルでわかりやすいケースだと思います。

社会主義国の供給不足はなぜ起こったのか。この場合には今売り惜しんでも、近い将来により高い価格で売れるという見込みは立ちません。この場合は単なる「売り惜しみ」ではなく、供給サイドのモチベーション低下、特に経営者層のモチベーション低下が、大きな要因だと思います。実は長期的な価格統制では、この「モチベーション低下」こそが最大の問題なのだと思うのです。

それでは価格統制は、ドクター不足にも影響を与えているのでしょうか。ここで簡単なモデルを作ってみます。ここで重要なことは、関与しそうなファクターを洗い出し、これらの相互関係を考えることです。これによって問題を整理することで、短絡的な議論を回避したいのです。

まずドクター不足の何が問題なのかを考えましょう。ドクターの数が少ないことは、根本的な問題ではありません。問題はドクター不足に起因する「医療サービスの量」の減少こそが問題なのです。もしドクターの数が少なくても、十分な医療サービスが提供できればいいわけです。

それでは医療サービスの量は、どのように定義できるのでしょうか。おそらく下の式のようになるはずです。

「医療サービスの量」=「ドクター数」×「作業効率」

「質の問題」はちょっと脇に置いておきます。話が複雑になるからです。もちろん医療サービスの質も、重要なポイントであることは間違いないのですが。

ドクター数が増えれば、医療サービスの量は増大します。しかし医療サービスの量を決めるのは、ドクターの数だけではありません。作業効率が高ければ、ドクターひとりあたりで提供できる医療サービスの量が増大し、医療サービス全体の量も増大します。工場のオートメーション化が進めば、工員の数が少なくても大量生産が可能です。また情報機器で事務処理を効率化すれば、事務員の数が少なくなっても対応できます。これと同じことは、医療サービスでも当てはまるはずです。

さて次に、ドクターの数と作業効率が何によって決まるのかを考えてみましょう。

ドクターの数については、次の数式で表せそうです。

「ドクターの数」=「ドクターになった人の数」-「ドクターをやめた人の数」

ドクターの数を増やすには、新たにドクターになる人の数を、ドクターをやめる人の数より多くすればいいわけです。

作業効率はどうでしょうか。これにはいくつかのファクターが絡んでいると考えられます。まずドクターのスキルレベルが関係しますし、ドクターのモチベーションによっても変わるでしょう。またドクターが置かれた環境によっても変わるはずです。これらの相関関係は式にするのが難しそうなので、とりあえず考えられるファクターを並べておくだけにします。

以上を図にすると、次のようになると思います。

図1


新たにドクターになる人の数は、何によって左右されるのでしょうか。業界の魅力の高さ、参入障壁、撤退障壁の3つの要素が関係してくると思います。まず医療業界に魅力が乏しければ、新規参入者は少なくなると思われます。参入障壁が低ければ、新規参入者は多くなるでしょう。撤退障壁は、やめても「つぶしがきくかどうか」がポイントです。強制労働でなければ、それ以外の撤退障壁は考えにくいと思います。もし参入障壁が低く、業界自体に魅力があっても、その後「つぶしがきかない」世界であれば、参入の意欲は低下するはずです。

簡単にまとめると、次のようになります。

参入障壁の高さ  → 新規参入へ「マイナス」に作用
業界の魅力の高さ → 新規参入へ「プラス」に作用
撤退障壁の高さ  → 新規参入へ「マイナス」に作用

ドクターをやめる人の数は、どうでしょうか。これも、業界の魅力、参入障壁、撤退障壁によって左右されると思います。業界の魅力が高ければやめる人は少なくなりますし、撤退障壁が高ければやめるにやめられないということになります。また参入障壁の高さも、撤退のモチベーションを低下させるでしょう。「せっかくドクターになったのに」という心理的なバリヤーが働くからです。

これも簡単にまとめると、次のようになります。

参入障壁の高さ  → 撤退へ「マイナス」に作用
業界の魅力の高さ → 撤退へ「マイナス」に作用
撤退障壁の高さ  → 撤退へ「マイナス」に作用

それではこれら3つのファクターは、最終的にドクターの数にどのような影響を与えるのでしょうか。新規参入に「プラス」で撤退に「マイナス」なら、ドクター数に「プラス」となります。その逆ならドクター数に「マイナス」です。それ以外の組み合わせの場合には、影響は不明になります。まとめると次のようになります。

参入障壁の高さ  → 「マイナス」「マイナス」→ 不明
業界の魅力の高さ → 「プラス」「マイナス」 → プラス
撤退障壁の高さ  → 「マイナス」「マイナス」→ 不明

同じように、作業効率とスキルレベル、モチベーション、環境の関係も考えていきましょう。

スキルレベルが高ければ、作業効率は上がります。これは手際の良さという話だけではなく、判断の素早さ、的確さも関係してきます。いくら手が早くても、判断ミスが多ければやり直しが多くなり、結局は作業効率は下がるからです。まあ医療現場では、単に作業効率が下がるだけではなく、医療事故につながるという大問題もあるわけですが。いずれにしてもスキルレベルは高い方がいい。

スキルレベルの高さ → 作業効率へ「プラス」に作用

モチベーションが高ければ作業効率は上がります。まあ、モチベーションだけが空回りしても仕方ないのですが、一定以上のスキルレベルを持つ人であれば、一般にモチベーションが高い方が生産性は高いはずです。

モチベーションの高さ → 作業効率へ「プラス」に作用

環境はどうか。これは高いとか低いという表現はできませんが、整備された環境の方が作業効率は高くなります。どのような状態を「整備された」というかという問題は残るのですが。とりあえず環境がよければ、作業効率は上がるということにしましょう。

環境の良さ → 作業効率へ「プラス」に作用

話はまだ続きます。スキルレベル、モチベーション、環境の間にも相関関係がありそうです。環境がよければモチベーションは上がると思われますし、モチベーションが上がればスキルレベルも上がる可能性が高くなります。またスキルレベルを上げるには、教育環境が整っていること、その環境を利用しやすいことも重要です。つまり環境も直接影響しそうです。

環境の良さ      → モチベーションへ「プラス」に作用
モチベーションの高さ → スキルレベルへ「プラス」に作用
環境の良さ      → スキルレベルへ「プラス」に作用

それでは業界の魅力は何に影響されるのか。環境はもちろん関係しそうです。それから魅力的な人材が多ければ、人を惹き付ける力が強くなるので、モチベーションの高さも関係するでしょう。

環境の良さ      → 業界の魅力へ「プラス」に作用
モチベーションの高さ → 業界の魅力へ「プラス」に作用

業界の魅力はおそらくもっと複雑で、他のファクターにも関係しそうです。でもとりあえず、ここでまた図にまとめてみます。こんな感じでしょうか。青い線がプラスの作用、赤い線がマイナスの作用を表しています。

図2


かなり単純化しているので、現実と乖離している部分もあると思います。でもこの程度のモデルでも、いくつか見えてくることがあります。

まずひとつは、どのファクター独立変数になりうるのか、逆に他のファクターの影響下にあるのがどのファクターなのかが見えやすくなることです。もちろんこれらのファクターの間には相互作用もあるので、話はそう簡単ではありません。でもある程度は「力の流れ」みたいなものが見えてくるはずです。この図を見ると、ドクターの数でも作業効率でも、環境の善し悪しが独立変数として作用しそうです。

もうひとつは、参入障壁や撤退障壁が、定性的に見るとドクター数に対して「中立な存在」になっているということです。

直感的に考えると、参入障壁はドクター数を減らす方向へ、撤退障壁はドクター数を増やす方向へ作用するような気がします。とすれば「中立的な存在」という評価は違和感がある。この違和感は、先ほど考えた影響の方向があくまでも「定性的な方向性」を示すだけで、定量化されていないのが大きな原因だと思います。つまり参入障壁が新規参入と撤退に与える影響の強さが異なれば、中立ではなくなるわけです。これは撤退障壁でも同様です。

ただし、ひょっとすると「参入障壁はドクター数を減らす」「撤退障壁はドクター数を増やす」といった議論が、間違っている可能性もあります。この点は留意しておくべきではないでしょうか。

さてこうなると、まずフォーカスを当てるべきは「環境をいかにして良くするか」になってきます。今回はちょっとくたびれちゃったので、この続きはまた来週までに考えてみたいと思います。

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医療と価格統制

閑話休題・・・
2008.02.20
「落車しました」のエントリーで、自転車でコケて怪我をした話をしました。この時救急対応の病院に電話してからタクシーで行ったところ、ドクターが出かけてしまって対応できないと言われ、他の病院に行ったことも書きました。

このときは「電話してからきたのにドタキャンするなんて、失礼な病院だな」といったレベルの感想しか持たなかったのですが、今ではこのことを、かなり深刻な問題の一端だと受け止めています。それは、私が怪我をした日の2週間後に「119番通報で搬送された千葉県の男性がのべ14回受け入れを断られて死亡」というニュースがあったからです。この事件は2007年8月に起きたらしいのですが、「これは決して他人事ではない」と感じたのです。

受け入れを断られた理由としては、対応できるドクターがいないというのが多かったようなのですが、これと似たようなことはこれまでにも何度も起きています。医療現場では以前から「ドクター不足」が指摘され、大きな問題になっているようです。うちの第三子の出産の時も(もちろん出産したのは私ではなく妻なのですが)、産科のドクターが少なくなっていることを実感させられました。また小児科のドクターも少なくなっているようです。

それではなぜ、ドクターが減少しているのか。

よく聞かれる議論は「医療費削減が原因」というものです。もちろんこれも重要な要因なのでしょう。しかし私は、もっと根本的な問題があるような気がします。それは「価格統制」の問題です。現在の保険診療は、診療内容によって報酬額が決まっています。これがドクター不足の遠因になっているのではないでしょうか。

なぜそう思ったのか。ふたつのきっかけがあります。

ひとつめのきっかけは、今回の怪我の治療費が予想以上に安かったことです。唇の内側を切ってしまい、上下合計で12針縫ったのですが、抜糸の時に支払った料金は170円。この時の処置時間は10分程度でしたが、作業はふたりのドクターが行いました。健康保険の本人負担は3割ですから、残りの7割を合わせても570円程度。「あー」とか「うー」とかうめき声を上げている中年男の唇をめくって、ぺったり貼り付いている糸を取り去る作業を行うのに、たとえ10分とはいえドクターふたりに570円とは、ちょっと安すぎるのではないか。もちろん料金が高い方がいいというワケではないのですが、何となく腑に落ちないのです。

私は利用者が支払う料金というものは、サービス提供者が生活するための糧であると同時に、サービス内容に対する評価としても機能すべきだと考えています。しかし料金の固定化(価格統制)が行われれば、「糧としての料金」はある程度保証されますが、「評価としての料金」はまったく機能しなくなります。高いスキルを持った人、あるいはスキル向上のモチベーションが高い人にとって、このような状況はかなりつらいのではないか。私はそう感じるのです。このように感じるのは、私が「コピーライター業」という、料金があるようなないような、評価次第で稼ぎが変わる仕事をしているからかもしれません。

でもその後、もうひとつのきっかけで「価格統制が問題の根っこある」という考え方は、けっこう妥当性があるのではないかと思えるようになりました。そのきっかけというのは、グリーンスパンの「波乱の時代」を読んだことです。この本の中に、価格統制によって生じた問題の話が、何度か出てきます。グリーンスパンによれば、価格統制は必ず供給の絞り込みを招き、結果的に消費者に打撃を与えてしまう、だから政策として採用すべきではない、というのです。

これと同じことが、医療の世界でも起こっているのではないか。医療の世界で最も重要な“商品”は、ドクターのスキルです。価格統制によってこの“商品”の供給が絞り込まれているのが、ドクター不足の原因なのではないか。

もし価格統制がドクター不足の原因だと仮定すると、医療の世界のある現象が説明可能になります。それは近年、美容外科医院が目立つようになっていることと、歯科医院の数が多いことです。特に歯科医院はコンビニよりも多いといわれています。つまりそれだけドクターの数が多いのです。美容外科と歯科に共通しているのは、保険外診療のエリアが広いことです。ここでは価格統制が行われず、自由競争が繰り広げられているわけです。

本当に健康保険制度による価格統制が、ドクター減少の原因なのかどうか。正直言って断言はできません。でも価格統制と供給減少の問題ついては、もうちょっと思考実験を行う価値があると思います。

というわけで、来週もこの問題を考えてみたいと思います。

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